大学の卒業式から数日のお休みを頂いて、
世の中の新入社員よりも早くに、業務につきました。
今までの仕事の他に、新しく覚える仕事ばかり!
教わるだけの立場なら良かったのですが
下には今年の大学4年生が入り、私の担当していた仕事を教えながら。
もう毎日、頭がパンパンでした。

卒業研究で携わった新規物質は、その後、大手企業との共同研究に至り
粗製生物質の大量供給は私の仕事でした。
結核のお薬ということで、
『結核研究所』の『P3施設』で
防護服を身にまとい実験したこともあります。
映画に出てくるような、なかなかできない貴重な経験でした。

最初の2年間は鎌倉の実家から通いました。
おかげで体調を大きく崩すこともなく、
長期休暇には友人と海外旅行したり、
週末に巡る季節を楽しみに遠出したり。
家に収める生活費と携帯電話代以外は、お金は全て自由。
おかげで貯金をしっかりできて、
日本育英会で借りた奨学金も
前倒して一括返済することができました。

そんなある日、仕事かえりに自宅近くで交通事故に遭い
頭蓋骨骨折性くも膜下出血で、死の淵すれすれで免れ入院生活。
折り合いの悪かった1つ上の兄がそれをきっかけに
私が実家を出ることを画策し
退院直後に一人暮らし生活が始まりました。

不動産屋さんをまわるのも、家具を買い揃えるのも楽しく、
最初の1〜2年は自炊にも励み、
始めての一人暮らしを謳歌していました。
一人に慣れてくると、だんだんと忙しさにかまけて
自炊率が低下、外食や買ったお惣菜に頼ってばかり。
それとともに体重や体力は減少して、
体の不調は増えるばかり。
免疫が落ちて、カンジダ症やヘルペスを発症したり。

しまいには、失恋をきっかけに
体だけではなく心も不調で鬱症状に陥り
夜寝られなく、朝起きられなくなり、
身も心の疲れ果てていました。

実家にいた頃は、どんなに忙しくても、
母の手料理があって、体調を気遣ってもらえて
それで、忙しくても元気にやれていたのだと痛感しました。