高校と大差ない距離にある大学に通い
実家暮らし、母のご飯を食べて過ごしました。

専攻は応用生物学。
いわゆるバイオテクノロジー系です。
遺伝子や分子微生物学は教授が面白く授業はワクワクしました。
マウスの解剖、組織の切片作り、精子の活力試験、人工授精
DNA抽出、遺伝子組み換えetc.
実験が多く、レポートに追われる日々でした。
実験の日は図書館が人で溢れ、あっという間に
参考にしたい専門書がなくなります。
友人達と文献のコピーを貸し借りしあって
乗り切った日が懐かしいです。
純粋に新しいことを知り、わからないことを理解したいと思って
勉強することが楽しいと思いました。

このレポート提出も「ぐずらちゃん」は健在で
提出が1日遅れて、評価が1段階下がることが多かったです。
マニアックなレポート作りをしていたからか、
評価が下がっても割とよい成績でした。
好きなことはとことんできる
そんな経験を積んだ大学生活でした。

部活はアメフト部のマネージャーでした。
今まで知らなかったアメフトのルールを0から教えてもらいました。
ディフェンスとオフェンスの頭脳プレーのぶつかり合い。
相手チームを研究し、作戦を立て、各ポジションは職人のように自分の仕事に徹する
失敗した時は誰の失敗か特定できてしまうほど緻密なプレーなのです。
一見、ヘルメットやプロテクターが激しくぶつかり合う
荒っぽいスポーツに見えるので
そのギャップに魅了されました。
40を過ぎた今でも、楽しみとしてプレーを続けている当時の部員さんが多く
驚かされます。

3年生の終わりに、希望していた分子微生物研究室へ配属。

海洋に流出した油を微生物で分解する研究をしている教授の部屋でした。
幼い頃から、環境破壊をなんとかしたいという思いを
ずっと持ち続けていたからか、
他の研究室を見学せずにそこにしか希望を出しませんでした。

そんな想いで入った研究室なのですが、
人数が多いので人減らし、外の研究所に5人ほど出されてしまいます。
理化学研究所や筑波など、面白そうなところもあるのですが、
厳しい先生と仕事内容で、代々、学生から不人気な研究所もあります。
単位を落としていないということが外研に出る条件です。
対象者は教授から「外研に出ないか?」と声がかかります。
私には、その不人気な研究所のお声がかかりました。
誰も行きたくないようで、教授が困り顔。
ついつい、「みんなが嫌だと思うほど自分は嫌ではないから、
行ってもいいです。」的発想で引き受けてしまいました。

行った先は新規抗生物質の探索(スクリーニング)の草分け的研究所。
ノーベル賞を受賞された北里大学の
大村先生と同じような研究です。
私は、水疱瘡、、怪我した時の化膿止め、
ひどい胃炎の時の痛み止め、帯状疱疹の薬
そんな程度しか薬のお世話になったことがない育ちです。
どちらかといえば、西洋医学は診断をしてもらうけれど
緊急時以外は薬には頼りたくない人です。

なのに、なんで抗生物質…

そんな思いを抱えながらも、
学生ですが、その研究室のルーチンワークの準備や手伝いに
1日のほとんどを費やし、
合間に自分の卒業研究を指導していただきました。
卒論のテーマは「新規抗結核薬の探索」

動物実験や各種実験を行うために
微生物を大量に培養し、化学精製をする毎日。
年末の大掃除の傍で実験を続け、
他の職員がお休みの土日も、指導担当の先生に付き合って頂き
実験をする毎日でした。
熱心に指導してくださる先生のお陰で、卒業研究をやり遂げられました。

さて、就職はというと…
その研究所に行くと、偉い先生の口利きで
大手製薬会社や農薬会社の研究員に、就職を後押ししていただけると、
その点では学生からの評判が良かったのですが、
蓋を開けてみると…

待てど暮らせど、就職のお話は頂けず、
「自分で就職活動をせねば!」と思った矢先に
「うちの研究所で働きませんか?」というお声をかけて頂きました。
正直、困惑しました。
学生という立場だけれど、そこの仕事は大体は把握しています。
来る日も来る日も単調な、ルーチン作業がほとんど。
膨大な微生物培養だけではなく、化学精製の二足のわらじ。
他の部署と比べて、なかなか忙しい部署でした。
母も心配するほど、帰宅が遅いのが常でしたから。

でも、これもご縁。
母は大反対でしたが、
声をかけて頂けることが有難くて、お受けしました。
それまでの大学3年間と比べて、全く異質。
大人ばかりの世界で、責任を伴う仕事を任され
組織の一員として働く経験ができた大学4年生でした。
熱があっても、お休みしたら迷惑がかかると思い
栄養ドリンクを飲みながら仕事をした日もありました。

研究室に残った友人たちは、学生らしい遊びや
仲間との思い出が沢山あるようで、
卒業アルバムの写真をみると、少し寂しい気持ちになります。
自分だけ1年早く就職してしまったような、
仲間との学生生活を謳歌できなかったような後悔にも似た気持ちです。