食の学びが深まるほどに、
その季節で美味しいと感じるものを
身体はちゃんと分かっているんだと実感します。

人も自然の一部、季節の移り変わりなどの自然の摂理に沿うと
体調が整いやすいのです。

「人は自然の一部」ということ、
当たり前のことを言っていますが、
だからこそ、自然に沿ってしかうまく生きていけないと
どれだけの人が気付いているでしょうか?
 
自然災害
毎日の天候変化
四季の移り変わり
 
どれ1つとっても人は無力です。
自然に沿ってしか生きられない。
 
その土地の自然の恵みを頂き
その土地の自然風土に沿って
その土地に適した身体で
私達は生きています。
 
身体に負担のない生き方は、
自然環境にも負荷がかかりません。
自然の大きな循環の中で生きていくこと、
まさに、最近取り沙汰されている
「SDGs」と、
(Sustainable Development GOALS)
「重ね煮の食べ方、生き方」は通ずると思います。

「自然に沿って、本質を見失わずに生きることは、食で叶う」

私が子どもに用意した毎日のご飯は
あの子達の「当たり前」になります。
 
自然を愛でる情感は
自然に触れる暮らしをしてきたから育つのと同じです。

私自身は、旬に沿った料理が並ぶ食卓で育ったから、
旬の野菜や、季節に沿った食べ方を知っているのは当たり前でした。
食材や調味料の選び方も当たり前感覚で身についていました。
世の中では知らない人の方が多いことに驚きました。
こういう感覚は、毎日の家庭の食卓で積み重ねられ、
育まれていくものなのだと、
今更ながらに母に感謝の想いです。

私が食べることや、自然が大好きなのも
間違いなく母からの受け継いだ当たり前感覚の宝物です。
私が息子達に伝えて手渡していけるもの、手渡したいものは、
やはり同じなのだと思うのです。
自然の美しさや神秘を五感で味わう豊かさ。
健康で、美味しく幸せな食習慣。

「重ね煮」は
私が大好きで大切にしている事に一致していたから
楽しく幸せに続けてこられたのだと
ふと、思い当たりました。

子ども達を育てていく上で、
感覚として伝えたいコト
言葉じゃなくて通じ合う気持ち
家族の繋がり
それは食卓を通して
叶うことが沢山あります。

子どもが自立して家を出た時
どんなご飯を食べていてほしいでしょうか?
子どもが親の手を離れて生きていく時に
「ちゃんとしたものを食べているかなぁ?」
という心配、どのお母さんにもきっとあると思います。
長男が6年生の夏に、初めて11日間も不在にして、
やはり 何を食べているか気になりました。
でも、彼は自分の身体の声に耳を傾けるのが上手だから
心配はありませんでした。

子どもが心や身体が疲れてしまった時に
もう、ご飯を作ってあげられない。
けれど、自分で身体を癒す食習慣をもっていたら
どんなに安心することか。
私の母もそんな風に私を育て
見守っていてくれたんだろうなと思います。

毎日の積み重ねが知らず知らずに 
その人の当たり前になります。
毎日のご飯で積み重ねた当たり前があれば
子どもが自立するときの
不安が1つ減るのかもしれません。
親がしてあげられる毎日の積み重ね、
当たり前の感覚を養うことが
親の手を離れても、子どもの一生を支え続けていける
未来に続く最大のサポートなのかもしれません。

そして、嬉しい時も、辛い時も、思春期の時も
元気になったり、ほっとしたり。
どんな時でもいつも支えてくれていたのは
お母さんの「ごはん」ではなかったでしょうか。

我家の思春期男子とのコミュニュケーションは
段々と「カネ、メシ!」 
言葉のコミュニュケーションや、一緒にすごす時間が減っていく年頃。
最終的に母として一番家族にしてあげられるのは
毎日の「ごはん」です。

からだと心はつながっている、表裏一体ということをご存知ですか?
からだが不調だと心も不調、逆も然り。
心を整えるのはなかなか難しいけれど、
からだは食べ物でできているので整えやすいのです。
からだがゆるみ整うと自然と、心もゆるみ整います。

だから、ごはんを通して体調を見ることは、
心の状態を見ることにもつながり
親子の会話が少なくなる思春期でも
ちょっとした体と心の変化に気がつき、
サポートすることができるのだと思っています。

まさに「ごはんは家族のコミュニュケーション!」

お母さんは、
大切な家族の食事を整え、
未来を作っていく子どもを育て、
子ども達の当たり前を育んでいく、
そんな世界一尊い仕事をしています。

自分自身を、そして家族を大切に関わっていきたい
そんな全てのお母さんに重ね煮をお伝えしたいです。